脱ガラパゴス化-破壊教育の必要性

パラダイムシフト時代の潮目を乗り切るには、科学技術、イノベーション、そして政治・経済・産業・財政基盤の強化が大事だとされています。
これらは間違いなく現下の日本の再生に必携のものです。
ただ、まだ多くの方が理解されていないことですが、いくら必要でもこれまでの手あかのついたものでは駄目、新たなものでなければ駄目ということです。

パラダイムシフトの概念を半世紀以上前に主唱したクーンは、前者を「通常」、後者を「異常」とし、例えば、科学技術においてもこれまでの「通常科学技術」の強化は古い時代を堅固にするだけであって、シフト(再生)へは「異常(破壊)科学技術」でなければならないと、これらを峻別する必要性があることを指摘しました。
潮目が強まった近年、一層この峻別の必要性があることが指摘されており、例えば、ハーバード大学のクリステンセンも持続イノベーションでは、優良企業(組織)を発展させるどころか没落させる原因になる、「破壊的イノベーション」でなければならないとしました。
尚、彼らは同じことを違う言葉を使って表現したのですが、ここでは、クリステンセン同様に手あかのついたものを破壊すると言う意味での「破壊」を使います。
更に深く理解しなければならないことがあります。
それは、クーンがパラダイム・シフトの本質は私たちの考え方(ものの見方)のシフトにあるとしたことです。 つまり、破壊科学技術、破壊イノベーション等は新たなものの見方がもたらしたもので、それを可能にするものは教育、となります。
これは経営学を主唱したドラッカーも同じで、イノベーションをもたらす真は考え方のシフトにあるとしました。

ここでの教育は破壊(異常)教育で、持続(通常)教育は古い(自分の)世界に閉じこもるガラパゴス化した人をもたらします。
残念ながらこれらの人たちがあふれる日本の現状は、破壊教育が普及していないことを示し、このままでは没落は時間の問題と言えます。

破壊教育は育人研心

ここで破壊教育の内容を明らかにしておく必要があります。
このポイントは潮目を乗り切り、次の時代に活躍するための徳(ものの考え方)を身につけることで、通常の大学で行われている専門教育や専門学校での職業訓練とは基本的に違います。
通常教育による研究者・専門家・英才たちはいわば未来の単純労働者で、主役にはなれないことをまず理解しなければなりません。
世界がフラットというより本格的な民主制の主役には、ものの深みを理解し、また多数のことを統合・繋いで扱える達人(エキスパート)であることが必要です。
尚、私は達人(エキスパート)と一つのことしかできない専門家(スペシャリスト)を峻別しています。

何度も指摘しましたが、来るべき時代では人はみな同じで、別に欧米人、日本人だけが特別なわけではありません。 これは、この時に受ける教育の質により差が出ます。
事実、日本ではあまり認識されていないことですが、世界はベルリンの壁の崩壊後に「教育の大競争」時代に突入しました。 破壊教育の模索が世界で始まったのです。
既に、通常教育とは違うものが必要とされだしています。
例えば、教育期間は、これまでような一定の決まった教育期間があるのではなく、それこそ「生まれてから死ぬまで」の一生涯になります(いわゆるカルチャー教育ではなく、ハードの現役教育を指します)。
年をとり現役教育は無理だとする人もいるかもしれませんが、可能です。
認知科学の発達で、私たちの脳細胞は年齢とともに死滅するとしたのは間違った説で、実際は寿命120年という身体の中でもっともタフなものである、更に、脳は年齢に関わらず可塑性があることが明らかになっています。
可塑性とは環境に合わせると言う大変重要な要素です。

また、身につける徳としては、来るべき時代の基本的ツールである情報技術を扱えるがありますが、それ以上に、エンゲージドした市民(engaged citizen)としての徳が必要になります。
エンゲージドした市民とは通常の市民と違い、アクティブに時代作りに参加します(これをアリストテレスはフロニーモスとしました)。
彼らは情報を把握し理解する心、人と人を繋ぐコミュニケーション術や人を導くリーダーシップ術を研こうとする心、そして生涯学習を可能にする好奇心、自らを厳しく点検する心、人間や自然の深さを知り敬愛しようとする自尊・他尊心をもつ人です。
彼らは手あかのついた世界を破壊する市民でもあります。

教育体系を構築することは一大事業です。ただ、幸いなことに私たちは歴史的に学ぶことができます。
現在のギリシアにはその面影はありませんが、古代アテネにはこれを行った哲人ソクラテスや弟子のプラトン、あるいは孫弟子アリストテレスといった哲人が出ました。
背景には当時、人類初の民主制が誕生し、この新しい時代で活躍するための徳(ものの考え方)を持つ人を育成するという喫緊の課題がでたのです。
また、私たち日本人が誇るべきことは、この動きとは全く別に、江戸時代にこれを行った先人たちがでていたことです(以上、興味ある人は拙著「フロニーモスたち」をお読みください。 フロニーモスとはイノベーションをもたらす人と言う意味です)。
何れも完成した教育ではないとしても、それでも素晴らしい成果をもたらしました。
アテネに数々のフロニーモスたちを育み、また、これを導入したヘレニズム、ローマ、イスラム、ルネサンス後の西欧にも古代ギリシア同様に多数のフロニーモスたちをもたらした。それは幕末から明治維新にかけての日本でも同じで、数多くのフロニーモスたちを育み、中国・インドなどの超大国が没落する中、ここでもアジア唯一の繁栄を遂げました。

私は、この異常教育を通常教育と峻別するために「育人・研心」と呼ぶことを提唱します。「来るべき時代に活躍する人財を育む」の育人、そのために「心を研ぐ」の研心の意味です。また、私は使い捨てのニュアンスがある人材ではなく、人は財を示唆する「人財」を使っています。
心を大事にするということは、別に日本固有のものではなく既にハーバード、シカゴ大学等でも同様の動きがでています。彼らが使う育人はDevelop Humanity, 研心はCreating Capabilitiesです。

武田アンド・アソシエイツは、私ができることは人づくりと、故平岩外四会長(日本産学フォーラム創立者)から示唆を受け発足しましたが、現在、「研心塾」作りのお手伝い(日本内外の研心塾ネットワーク作り)、心の科学(認知科学)をもとにした育人手法の研究、育人・研心運動(講演、シンポジュウムによる育人・研心の普及)の三点を最重要課題として進めています。

<研心塾作り> (研心塾facebookへのリンク

みなさんが心を研く場、「研心塾」が必要です。また、相互に学び・競うことも必要です。武田アンド・アソシエイツは、この塾作りと日本内外の塾とのネットワーク化を目指します。
江戸の石田梅岩による石門心学の塾は当初ほとんど人が集まりませんでしたが、晩年には四、五〇人が集っています。孫弟子の時代になると、石門心学の活動は諸国に広がり、旗本大名から農民・町人・女・人足にいたる広い層が踵(きびす)を接して講席に出始め、来るべき時代への研心を始めた。
私も日本再生のためには、若い学生だけでなく、教師、研究者、政治家、経済人、中小企業の経営者、主婦たちも含めての育人研心が必要だと思っています。

<育人手法と研心の研究>

育人研心は経験より、科学が大事になります。
そのような科学などあるのかと疑問に思う人たちがいるかもしれませんが、あります。
既にその一部は述べましたが、この30年認知科学が急激に発展し、人間、知性、精神、学習とは、というものの理解が飛躍的に深まっています。
例えば、ノーベル物理学賞者ワイマンを始めとする素晴らしい科学者たちは、これらを基にして育人研心の科学を深めています。
武田アンド・アソシエイツは彼らとも連携し学び深めていきます。

<育人研心運動の普及>

世界がフラットな時代に発展を遂げる企業・社会・国家には、多くのエンゲージドした市民、つまりフロニーモスたちが必要です。
武田アンド・アソシエイツは、啓蒙活動として、セミナー、講演会、出版等を通じて行います。
江戸・明治には素晴らしい育人研心のつながりがあったのですが、これからは国内だけでなく、海外へも広げ、エンゲージドした市民たちが直接世界のエンゲージドした市民たちと関係構築作りも同時に進めていきます。